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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)622号 判決 1960年10月05日

控訴人 被告人 服部勉

弁護人 奥村仁三

検察官 香取博史

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を被告人に対する本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人奥村仁三及び被告人本人各提出の控訴趣意書にそれぞれ記載するとおりであるから、ここに、いずれも、これを引用する。

第一、各論旨のうち事実誤認又は法令違反の主張について、

所論は、被告人は、原判示第一事実について強盗の犯意のなかつたのは勿論、強盗を共謀した事実もない。すなわち、被告人らは銀行で現金を引き出している客から、その金を掻つ払らい、追跡してくる者に対しナイフを示してこれを脅し逮捕を免れ若くは逃走を容易にするだけの意思であつて、暴行、脅迫を加えて金員を奪取する意思はなかつた。従つて、共犯者の中島繁が原判示鈴木吉雄に対し強盗を働いたとしても、被告人としては関知するところではなかつた。更に、右中島繁も又強盗をしたものではない。蓋し、中島が金員奪取の意思で鈴木に対し原判示ナイフを押しつけたとしても、同人はそのナイフを押し付けられていることを全然意識しなかつたものであるから、中島繁においても強盗罪は成立しない。従つて、被告人としても強盗罪の責任を負うべきものではない。仮りに、中島繁の行為が強盗になるとしても、その致傷の点については、被告人としては認識がなかつたものであるから、この点について罪責を負うべきものでなく、又その強盗の点も未遂である、というのである。

そこで、本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみるのに、被告人並びに中島繁及び水野美一が原判示第一事実について、共謀したところは、原判決も示すように、被告人ら三名のうち、一人が鉄製棒をU字型に折り曲げたもの(証第二号)を携えて、原判示三井銀行名古屋駅前支店北出入口の外で待ち、他の二人が同銀行内に入り、そのうち一人がカウンターの上の金を掻つ払い(盗むこと)、追つてくる者を刃渡り五糎米余の飛び出しナイフ(証第一号)で脅しながら後退して、他の一人がその者が逃げ易いように北出入口のドアを開け、行内に入つた二人が出たら、外で待機していた者が該出入口ドアの取手に止め金をして、追つてくる者が外に出られないようにし、その隙に被告人ら三名は附近の地下道に逃げ込み所期の目的を遂げる、ということであつた。(原審公判調書中被告人並びに中島繁、水野美一の各供述記載、同人らの司法警察員及び検察官に対する各供述調書)ところで、原判決がこの点について判示するところは、被告人ら三名は前示の方法による強盗を共謀したというのであつて、そこにいう強盗の意味は必ずしも明確なものとはいえないのであるが、原判決も又その共謀の内容として、被告人ら三名が原判示飛び出しナイフを用いて相手方に暴行又は脅迫を加え、その反抗を抑圧して金員を強取することの謀議を遂げた事実を挙げているものではなく、その前段の事実、すなわち、前示の如く金員窃取後、逮捕を免れ若しくは逃走を容易にするため、その窃盗の現場で逮捕に向つてくる者又は追つてくる者に対し右ナイフを示して脅す意思であつた事実を承けているものであるから、原判決にいう強盗の意思とは、まさに、刑法二三八条にいう準強盗の意思を意味するものと解すべきである。(仮りに、原判決が原判示共謀の内容たる事実を、同法二三六条にあたるものと解した趣旨とすれば、法令の適用を誤つたものというべきであるが、この点の違法は、未だ判決に影響を及ぼすこと明らかなものとは、いえない。)被告人ら三名の共謀にかかるところは、右に見た如く準強盗にあたる事実であつた。さて、然し、右共謀に基いて、前記三井銀行名古屋支店内のカウンターから現金を掻つ払う役割を担当した中島繁は、原判示奥村弘、鈴木吉雄の両名が収納係窓口附近のカウンターで現金一五〇萬円を整理しているのを認め、鈴木の左背後に近づき、同人の肩越しに右現金をひつたくつて盗もうと考えたが、中島は鈴木らが感づいて騒ぎ立てたら、その盗取の目的を達することができないと思うと共に、盗みに踏み切る決心がつかなかつたので、とつさに所携の前記飛び出しナイフをひらき、その刃先を鈴木の腰の辺りに突きつけ、同人及び奥村弘に対し、騒わぐと鈴木を刺すぞ、という態度を示し、同人らを脅迫し、その反抗を抑圧して、右カウンター上の現金を奪取すべく、右ナイフを鈴木の左背部に突きつけ、更にその刃先を同人に対し押しつけ、同時に左手を同人の肩越しに出して、前記現金を奪取しようとしたところ、鈴木は自己の左背部に押しつけられたナイフを、背後からピストルでも擬せられているものと思い極度の恐怖の念に駆られて、右中島の左手が現金の方にのばされてきたのを見ながら、同人の行動を制止することを断念して息を殺していたが、原判示の如く鈴木の右横に立つていた奥村弘が中島の左手が現金の方にのびてきたのを見て金を盗まれると思い、とつさにその現金をカウンターの方に押しやると同時に、中島がひらいたナイフがピカッと光るのを見てとつて、大声をあげて同銀行警備員鈴木十一郎が駈け出したために、中島は身の危険を感じ、あわててその場を逃げ出した事実を、認定できるのである。(原判決引用の中島繁の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、原審第三回公判調書中の証人鈴木吉雄、同鈴木十一郎の各供述記載、奥村弘の司法巡査に対する供述調書)従つて、右鈴木吉雄が中島繁に前記の如くナイフをその左背部に押しつけられたことを全然覚知しなかつたとの弁護人の論旨は採るを得ない。以上の次第であつて、前示被告人らの準強盗の共謀に基いて、共犯者中島繁が現実に実行したところは、原判決が認定したとおり鈴木に対し暴行を加え、その反抗を抑圧して現金を奪取する強盗の行為であつた。ところで、このように準強盗を共謀した共犯者の一人が、他の者に諮ることなく強盗行為に及んだ場合であつても、その共謀にかかるところも又強盗を以て論ぜられるものである以上、その共謀にかかるところと実行行為との間に、その共同意思実現の態様としては異るところがあつても、両者は共に強盗罪としての刑法的評価に服するわけのものであるから、現実にその実行行為としての強盗を行わなかつた他の共犯者全員について又強盗罪の成立があるものというべきである。されば、被告人も又前記中島繁が前示被告人らとの共謀に基いてした強盗について、当然その責めを負うべきものであつて、この点に関する論旨は理由がない。そして、この場合、中島のした強盗行為により鈴木吉雄に原判示傷害の結果を生ぜしめた以上、(この事実も又原判決引用の証拠で優に認定できるところである。)被告人において、右傷害の点についての認識を欠いていたとしても、同人が中島繁らとの強盗の共同正犯としての罪責を負うべきものである以上、いわゆる結果的加重犯としての右中島繁のした強盗致傷罪について又被告人もその罪責を免れることのできない筋合である。次に又、強盗致傷罪の成立について、その強盗の未遂、既遂を問わないことは勿論である。弁護人のその余の論旨は原審の措信しなかつた証拠に基く独自の主張であつて採用できない。記録を精査しても、原判決の判示第一事実に関する事実の認定に誤認のかどあるものとは認められず、従つて又事実誤認を前提とする法令違反の主張も理由がない。

(なお。弁護人奥村仁三の控訴趣意第一点は、水野美一に対する控訴趣意書(同人は控訴を取下げた。)を引用しているが、同弁護人は当審における右両名の共同弁護人であり、しかも、被告人に対する控訴趣意書は、水野美一が控訴を取下げる前、同人のため当審に提出された控訴趣意書を引用して当審に提出されているのであるから、控訴趣意書としての方式の違背はないものと認めた。)

第二、各論旨のうち量刑不当の主張について、

所論に徴し、本件記録及び原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討すると、被告人らのした原判示第一の犯行は、銀行を利用して一挙に大きな金員の奪取を計画した極めて悪質なものであり、しかも、その主謀者は被告人であり、被告人らは予め事に備えて周到に計画し、原判決も摘示するように本件三井銀行名古屋支店だけでなく、その前に、二、三の銀行を検分し、その実行の機会をうかがつていること、水野美一や中島繁を本件犯行に引き入れたのも被告人であること、被告人の原判示第二の二、三の詐欺、恐喝も又計画的かつ悪質なものであること、被告人は、昭和三三年一月東京都内において時計の万引を働き起訴猶予処分をうけた前歴があるのに、その後も堅実な勤労生活を厭い。殆んど徒食してその日を過し、同三五年二月名古屋市内に出てきた後も名古屋駅裏の売春のポン引として過していたもので、その間情婦と同棲し生活態度も放縦であつたこと、その他被告人の経歴等諸般の情状を勘案すれば、原判決が情状酌量して量定した五年の科刑を更に重きに過ぎ不当なものであるとすることは、とうていできない。論旨はいずれも採るを得ない。

よつて、本件控訴は理由がないので刑訴法三九六条に則りこれを棄却することとし、刑法二一条により当審における未決勾留日数中四〇日を被告人に対する本刑に算入し、当審における訴訟費用(国選弁護人支給分)は、刑訴法一八一条一項但し書に従い被告人をして負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)

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